最終更新日2021年7月28日
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大学入試世界史文化史・地域史問題

−中国の古代文化−

中国の古代文化(早大・同志社大・青山学院大 改)
次の文のA〜Fについては適語を選びその番号を答え、1〜15には適する語句を入れよ。また問に答えよ。
 従来、中国の新石器文化は、前5000年頃、黄河中流域を中心に起こった、アワやキビを栽培するA(1竜山 2仰韶)文化から始まったとされていた。しかし、このA文化とほぼ同時代の長江下流域のB(1河姆渡 2半坡)遺跡から水稲を栽培するA文化とは異質な農耕文化が発見され、中国文明のルーツは、黄河流域だけでないことが明らかになった。
 農耕の発展を基礎に王朝が成立した。殷が現在確認できる東アジア最古の王朝である。殷王の政治は亀甲や獣骨を用いる占いによって知られる神意に従って行われた。亀甲や獣骨に刻まれた(1)が漢字の原形で、占うことがらや占った結果を記録するのに用いられた。渭水の上流からおこった周が殷を滅ぼした。周では王室の祖先祭祀や王による諸侯の任命の記事が青銅器に鋳こまれた。これを金文という。(1)より整っており、漢字の源流や変遷を知るうえで不可欠の資料である。
 春秋戦国時代には、いろいろな考え方とさまざまな思想流派がうまれ、それらの諸流派は(2)とよばれた。「諸子」の(3)は先生というほどの意味を持つ尊称で、(4)の「家」は学派という意味の言葉である。それらのなかには孔子を開祖と仰ぐ(5)のほかに、(6)を開祖とする「道家」や、(7)の考え方に代表される「墨家」や、韓非らの思想流派を言いあらわす(8)などがあり、それらが互いに「百家争鳴」の論戦をたたかわせていた。
 紀元前221年に中国を統一した始皇帝は、それまで地方によって異なっていた漢字の書体をC(1小篆 2楷書)に統一したが、その後、漢代の末までには、行書・草書など各種の書体が成立した。また、2世紀初めごろには、最初の本格的な字書であるD(1辞海 2説文解字)が著された。
 秦漢時代には工芸が発達し、E(1木綿 2絹)織物や金属器、F(1漆器 2陶器)などに優れたものがつくられた。(9)が発明または改良したとも言われる紙は、それまでの(10)などに代わって書写の材料となった。紙の製法は後に(11)の時代にまず(12)教徒に伝えられた。
漢代には農業生産力も高まり、政治的安定もしばらくの間つづいたこともあって、戦国時代に開花した文化が引き継がれて、発展した。司馬遷の『(13)』や班固の『(14)』などのすぐれた歴史書が著され、これらの書の(15)という記述形式は後世の歴史書の基本となった。
問 下図は戦国の七雄の支配領域を示す。秦の支配領域を記号で答えよ。

中国の古代文化

答え
A(  )B(  )C(  )D(  )E(  )F(  )
1(     )2(     )3(     )4(     )5(     )
6(     )7(     )8(     )9(     )10(     )
11(     )12(     )13(     )14(     )15(     )
問(  )

解答
A(2)B(1)C(1)D(2)E(2)F(1)1(甲骨文字)2(諸子百家)3(子)4(百家)
5(儒家)6(老子)7(墨子)8(法家)9(蔡倫)10(竹簡)11(唐)12(イスラーム)13(史記)
14(漢書)15(紀伝体)問(E)



(この文化史・地域史問題は『世界史文化史・地域史問題』に収録されています)