(この画像と説明文は『世界史地図・図解集』に収録されています)
紅巾の乱は元末に白蓮・明教・弥勒などの宗教結社が指導した農民暴動です。赤い頭巾を目印にしたことからこの名があります。
白蓮教の韓山童は弥勒仏下生の説を唱え,1351年,天災・社会不安に乗じ河南・安徽で反乱を企てましたが発覚し殺されました。しかし,彼の子の韓林児を劉福通が奉じ,宋国を建てると,郭子興らがこれに加わり勢いを盛り返しました(東系)。
一方,弥勒教徒に擁立された徐寿輝は湖北に天完国を建て陳友諒・明玉珍らが加わりました(西系)。
東系が北伐をおこなった1357〜60年が最盛期で,その後,東系は内紛,郭子興の部下であった朱元璋の台頭により壊滅,西系も徐寿輝を殺した陳友諒が朱元璋に敗れて滅びました。こうして貧農出身の朱元璋が知識人の協力をえながら,長江下流域の穀倉地帯をおさえ,明を建国しました。