最終更新日2026年4月29日
世界史の歴史地図へのお誘い
大学入試世界史歴史地図問題
−ローマ共和政−
次の文章を読み、下の問いに答えよ(札幌大 改)。
ローマは、前10世紀頃イタリア半島を南下してきた古代イタリア人の一派の(1)がティベル河畔に定住して始まったとされる。当初は先住民である(2)の支配下にあったが、前6世紀末に異民族の王を放逐し、共和政を敷いた。
ローマには、(A 貴族)と(B 平民)という身分の別があり、共和政における軍民の最高官である任期1年で2名の(C 執政官)は、貴族から選挙で選ばれた。また、従来から存在していた元老院の議員300名も貴族の役職経験者から構成されるようになり、執政官を監督指導して政治の実権を握っていた。それにたいして、事実上政治から締め出されていた平民は、他方では(3)として軍事力の主力を担い、国防や領土拡張に貢献していた。そのため、圧倒的多数を占める平民は、身分闘争を起こして政治的権利の獲得をめざした。
貴族は身分闘争を終わらせようと、前5世紀はじめには平民の生命と財産を護るために(4)の制度を設けた。これは、任期1年、2名(後に10名)の官職であり、平民から選出され、元老院や執政官の決定に拒否権を行使することができた。また、平民だけの民会である(5)が設けられ、(4)が議長を務めた。その議決は、当初は平民のみを拘束するものであった。
前5世紀半ばには、平民の要求により、旧来の慣習法が明文化され、ローマ最古の成文法である(6)として、12枚の板に記され広場に公示された。そして前367年に制定された(4)2名の名を冠した(7)は、公有地の占有を制限するとともに、執政官のうち1名を平民から選出すると定めた。さらに、前287年に制定された(8)によって、(5)の議決が、元老院の承認を経なくてもただちに国法となり、全市民にたいして効力を発揮するようになった。
こうして身分闘争は一応の決着をみたが、しかし、平民の権利が保障されるようになるにつれて、富裕な平民が出現し、有力貴族とともに(D 新しい支配層)として台頭してきた。彼らは執政官となり、元老院に入って政治の実権を握っていった。したがって、寡頭政的なローマの政治体制は引き続き維持され、共和政ローマでは(E アテネのような民主政)が実現することはなかった。
問1 文中の(1)〜(8)に入る適切な語句を、語群から選び、記号で答えよ。
(語群)
ア アラム人 イ エトルリア人 ウ 護民官 エ 重装歩兵 オ 十二表法 カ シュメール人
キ タフト=ハートレー法 ク デロス同盟 ケ 平民会 コ ホルテンシウス法 サ 民衆裁判所
シ 民会 ス 傭兵 セ ラテン人 ソ リキニウス=セクスティウス法 タ ローマ法大全
問2 文中の(A)〜(D)について、それぞれ当時の言葉で何と呼ばれたか、カタカナで記せ。
問3 (E)に関連する以下の問いについて、それぞれ正しいものを選び、記号で答えよ。
(1) アテネの民主政を完成させた政治家は誰か。
イ ペロポネソス ロ ソクラテス ハ ペリクレス
(2) アテネの民主政はどんな種類の民主政か。
イ 絶対民主政 ロ 立憲民主政 ハ 直接民主政
(3) アテネではほとんどの公職は希望する市民のなかから選ばれたが、どんな方法で選ばれたか。
イ 市民による投票 ロ 民会議長の指名 ハ 抽選
問4 ティベル川の位置を、地図上のA〜Cより選べ。
答え
問11( )2( )3( )4( )5( )6( )7( )8( )
問2A( )B( )C( )D( )
問31( )2( )3( )
問4( )
解答
問11(セ)2(イ)3(エ)4(ウ)5(ケ)6(オ)7(ソ)8(コ)
問2A(パトリキ)B(プレブス)C(コンスル)D(ノビレス)
問31(ハ)2(ハ)3(ハ)
問4(B)
