最終更新日2026年8月25日
日本史の歴史地図へのお誘い
大学入試日本史地図図解問題
−桃山文化−
次の文の( )に適語を入れ、問に答えよ(関西学院大・西南学院大 改)。
中世末期には各地に都市が成立、発展した。城下町の中心にそびえる天守閣の内部は、金箔地に緑青や朱で彩色する濃絵の障壁画で飾られた。日本古来の大和絵に水墨画の技法を取り入れた(1)の壮麗な画風は、天下統一の時代の要請として生まれた。しかし、彼の主要な活躍の舞台であった城郭が焼失したため、『唐獅子図屏風』など現存する作品は少ない。天守閣が豪壮華麗な障壁画で飾られていく一方で、特に京都・大坂・堺・博多などの都市の町衆たちは、この時代特有の新しい文化の担い手となった。たとえば堺の商人であった(2)は侘び茶を発展させ、茶の湯を大成した。簡素・閑寂をむねとする侘び茶は、豪壮で華麗な性格をもつ桃山文化のなかで、独特の時間と空間をつくりあげた。この時代に勃興したものに歌舞伎がある。歌舞伎の語源の「カブク」は常態を逸したさまをいう。まず出雲阿国が京都で(3)をはじめ、そこから女歌舞伎が生まれた。また(4)が三味線の伴奏で語られるようになるのも、このころからである。この時代には、人びとの日常生活にもいくつかの変化があらわれた。調味料には醤油や砂糖が加わり、食事の回数も1日3度となった。衣服では麻に替わって木綿が普及しはじめ、(5)を着ることが流行した。都市の住居には、瓦屋根や2階建ての建物もみられるようになった。ところで、宣教師(6)が日本にキリスト教を伝えたのは、16世紀半ばであった。以降、多くの宣教師が来日した。彼らは布教活動に従事しただけでなく、ヨーロッパの学問・技術・文化を伝えた。これらを総称して(7)文化とよぶ。狩野元秀作とされる「扇面洛中洛外名所図」には、京都四条で建てられたキリスト教会((8)寺)が描かれている。
問1 (2)が設計したと伝えられる次の図1の茶室が、京都府大山崎町にある臨済宗寺院に残されている。その茶室の名称を答えよ。
問2 次の図2は、西本願寺にある三層の楼閣である。聚楽第の遺構とされるが、異説もある。この建造物の名称を答えよ。
答え
1( )2( )3( )4( )5( )
6( )7( )8( )
問1( )問2( )
解答
1(狩野永徳)2(千利休)3(かぶき踊り)4(人形浄瑠璃)5(小袖)
6(フランシスコ=ザビエル)7(南蛮)8(南蛮)
問1(妙喜庵待庵)問2(西本願寺飛雲閣)
