最終更新日2026年1月5日
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大学入試日本史史料問題


日露戦争

次の史料A・Bを読み、問に答えよ(早稲田大 改)。

(史料A『蘇峰自伝』)
  (イ 明治三十八年九月五日の焼打)は、日本の歴史に記憶せらるる日であると同時に、予一個の歴史にも、記憶すべきであろう。ことに(ロ 『国民新聞』)の歴史に取っては、重大の出来事であった。それは(ロ 『国民新聞』)が、戦時中折角築き上げたるところの地盤を、これがためにほとんど根底からくつがえし去られんとしたからだ。・・・さて世間からは緞帳(どんちょう)芝居、三日内閣といわれたる(ハ 桂内閣)は、種々の運命を経つつも、内閣あってより以来−明治十八年十二月、(ニ 伊藤公が内閣を組織して以来)−歴代の内閣中、ほとんど比類無き程、長き寿命を保った。

(史料B 徳富蘆花「勝利の悲哀」)
  あにただ(ホ 児玉源太郎)のみならんや。日露戦争の終局に当りて、一種の悲哀、煩悶、不満、失望を感ぜざりし者幾人かある。
  我らをして自白せしめよ。我らは北方の巨人を恐れたり。彼をにくめり。(ヘ 遼東還附)以来は彼を不倶戴天の仇とにらめり。機会もあらば一太刀怨みんと歯を喰いしばれり。(ト 日露戦争)の発端いずれにあるを問うをやめよ。当初より彼は割合に呑気にて、我は必死の覚悟なりき。わが憤怨は強く、わが頭脳の回転は彼よりも素早し。(チ 戦は始まれり)。・・・勝利、勝利、大勝利。しかして後彼の(リ 講和談判)。
  今日に於て旧創(きゅうそう)をあばくは烏滸(おこ)のわざなり。然れども彼の(ヌ 講和当時)に於ける日本国民の心的情態はむしろ研究に値せざらんや。彼の講和に関する騒擾(そうじょう)を以て、単に失業者の乱暴、馬鹿騒ぎと看做し去るはあまりに浅薄なり。

問1.(イ)に関する記述のうち、誤っているものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.これに呼応して立憲国民党、立憲政友会が憲政擁護の運動を起こした。
 2.東京市およびその周辺部に戒厳令がしかれた。
 3.警察署、内務大臣官邸、政府系の新聞社などが襲撃された。
 4.日比谷公園で開かれた講和反対の国民大会が一因となった。
 5.暴動は各地に飛び火し、全国で70万人が参加する大規模なものとなった。
問2.(ロ)に関する記述のうち、正しいものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.自由党の機関紙として発刊された。
 2.娯楽的な読み物に力を入れ、硯友社の作家による活動の場となった。
 3.1890年に日刊紙として発刊された。
 4.日清戦争後は、山県有朋・桂太郎との政治的つながりを深めた。
 5.日露戦争開戦時には、非戦論を唱えた。
問3.(ハ)の第1次桂太郎内閣の間に起こった出来事として、誤っているものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.日英同盟協約の締結
 2.第1次日韓協約の締結
 3.治安警察法の公布
 4.第2次日韓協約の締結
 5.文官任用令の公布
問4.(ニ)の第1次伊藤博文内閣に関する記述のうち、正しいものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.保安条例を公布し、多くの在京の民権派を東京から追放した。
 2.文官任用令を改正し、高級官僚に資格規定を設けた。
 3.皇室事務や華族の管理を担当する宮内省を閣外に設置し、伊藤が宮内大臣を兼任した。
 4.議院法、衆議院議員選挙法、貴族院令を公布した。
 5.外相陸奥宗光によって、日英通商航海条約の調印が行われた。
問5.(ホ)の人物に関する記述のうち、正しいものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.日清戦争時、陸軍大臣をつとめた。
 2.台湾総督をつとめ、民政局長に後藤新平を登用した。
 3.日露戦争時、満州軍総参謀長をつとめた。
 4.伊藤博文の後継として立憲政友会総裁となった。
 5.南満州鉄道初代総裁に就任した。
問6.(ヘ)の遼東半島に関する記述のうち、誤っているものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.ロシア、フランス、ドイツによる返還勧告により、清に返還された。
 2.ロシアが半島の南部に当たる旅順・大連地域を清から租借した。
 3.ロシアの旅順・大連地域の租借権を日本が譲り受けた。
 4.旅順の関東総督府が大連に移され、関東都督府とされた。
 5.二十一カ条の要求により、租借の期限を50年間に延長した。
問7.(ト)にいたる記述に関して、正しいものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.対露同志会は対外硬同志大会を開催して、対露強硬論を主張した。
 2.結成された平民社は日刊『平民新聞』を発刊し、日露非戦論を展開した。
 3.与謝野晶子は『太陽』に「君死にたまふこと勿れ」を表題とする反戦詩を、発表した。
 4.戸水寛人ら七博士は対露強硬論の意見書を桂太郎首相、小村寿太郎外相らに提出した。
 5.『時事新報』に勤めていた内村鑑三は同紙が主戦論に転じると、非戦論の立場から同社を去った。
問8.(チ)に関連して、日露戦争に該当しないものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.鴨緑江の戦い  2.奉天会戦  3.平壌の戦い  4.遼陽の会戦  5.黄海の海戦
問9.(リ)に関する記述のうち、誤っているものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.日本はロシアから東清鉄道南部線のうち、長春から大連間の鉄道と付属権益を譲り受けた。
 2.ロシアは沿海州と間宮海峡における日本の漁業権を認めた。
 3.日本は賠償金の要求を放棄した。
 4.ロシアはサハリン島の北緯50度以南の譲渡を認めた。
 5.ロシアは、日本の韓国に対する指導・監督権を認めた。
問10.(ヌ)に関する記述のうち、日露講和条約調印以後の出来事として、正しいものを、次より2つ選び、その番号で答えよ。
 1.社会主義協会に対する結社禁止命令
 2.友愛会の設立
 3.平民社の解散
 4.労働組合期成会の設立
 5.社会主義研究会の設立

答え
問1(  )(  )問2(  )(  )問3(  )(  )問4(  )(  )
問5(  )(  )問6(  )(  )問7(  )(  )問8(  )(  )
問9(  )(  )問10(  )(  )


解答
問1(1)(5)問2(3)(4)問3(3)(5)問4(1)(3)
問5(2)(3)問6(4)(5)問7(1)(4)問8(3)(5)
問9(1)(2)問10(2)(3)



(この史料問題は、『日本史地図図解問題』に収録されています。)